2020/07/17
「新型コロナウイルス」について今思う事

昨日の話です。人間のご先祖様がまだ単細胞だった頃、既にウイルスや細菌も存在し共存していたという学説が、テレビ放映されていました。ノーベル賞を受賞した京都大学の山中教授と、タレントのタモリがキャスターをつとめるNHKの番組です。この放送内容はとても興味深く、人間とウイルス・細菌との本当に長いつきあい方について、現在までに解明されている様々な研究をわかりやすく解説していました。工夫を凝らした画像を通して、門外漢の私にも、少しわかったように感じさせてくれました。

皆さんご承知の通り、国際空港の到着ロビーには必ず検疫所があります。そのカンバンには、日本語表記と共に英語で「Quarantine」という文字が示されています。この英語の語源は、イタリアのヴェネツィアの方言で「40日間」という言葉だそうです。

かつてイタリアの都市国家にあって、海洋交易により繁栄を謳歌したヴェネツィアでは、地中海やアドリア海だけでなく遠くトルコ・北アフリカなどのイスラム世界から、多種多様な文物が運ばれました。これらの物資は様々な地域出身の船乗りの活動によってもたらされたことは、言うまでもありません。この船乗り達に宿って、危険なウイルスや細菌がヴェネツィアに到達しました。14世紀にはじまる「ペスト≂黒死病」のパンデミックです。これにより、ヴェネツィアの人々は壊滅的な被害をこうむり、人口の半数以上が死者と化すおぞましい光景を目の当たりにする事となりました。それは一度だけでなく、記録されているだけでも60回を超えるほどに繰り返されたそうです。

1377年ついにヴェネツィアの人々は決意しました。「ペスト菌」からヴェネツィアを守るため、自分自身の命を守る為,海洋交易へのマイナスを承知で他国から来る船乗りたちを、ヴェネツィア本土に直ぐには上陸させず、少し離れた場所で30日間隔離する事を決めたのです。さらに1448年にはこれを10日間延長し「40日間」としました。それでも尚、この病に多くの市民が苦しめられました。

その時求められたもの。それは「神による救済」への祈りでした。結果として、この町には多くの壮麗な教会や寺院が建設されました。裕福な市民は競って多額の寄進をする事で、この禍から逃れられると信ずるしかありませんでした。大運河の出口に位置する、ヴェネツィアを代表する寺院の一つ「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」は17世紀初頭、ペストの終息を祈念して建てられたものです。その外観の素晴らしさに負けないほどに、内腔にはヴェネツィアの画家「ティツィアーノ」を代表として多くの芸術家による絵画作品が残されています。

今の私達は、500年前のヴェネツィア市民ほどの宗教心を持ち合わせてはいないと思います。科学的根拠に基づいた思考と洞察を持って、現在進行形の「新型コロナウイルス」との闘いを進めているのだと思います。世界の英知を集めることが可能な今と、宗教にすがるしかなかった昔では、問題へのアプローチは違っています。しかしながら、人とウイルス・細菌との関係はこれからもあまり変わらないのかもしれません。“正しく知り、正しく恐れる“事がとても大切な、新たな時代が始まったのかもしれませんね。

サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂